hoho!

みえないものをさわる

きのうのこと



「こんくらいのペースでやってかんと、はけてかん。」

空気に溶けそうな大きさの声で、36歳になる公務を仕事としている彼は呟いた。

ワッフル素材のシャツを、チノパンに合わせて、髪の毛はしちさん。

片手に6本ずつ、赤や青や緑の花火をもって、ロウソクでひとつずつ火をつけた。

ぼうっと浮かび上がる、頬骨の強調された真面目な顔は、いつものごとく瞼は半開きなものの、その奥にわずかばかり見える瞳は、色とりどりに輝いていた。


それを横目で見ながら、笑ってしまった。楽しい雰囲気になると、なんでも笑ってしまうくせがある。



小さい子に、火に気をつけるように言う。じぶんの存在を肯定するように。つぶらなひとみがかわいい。
ひとごみに耐えつつ新しい花火に火を付ける。すこしひとりで寂しそうにしている人の花火から火をもらうように心がける自分が、いたくつまらなくおもえた。窮屈な帯は、こころまで締め付けるようで、絞り出されるのは涙、の予感だった。無意識のうちに口を結び、流れ落ちるのを我慢して、おまけのかき氷までたいらげて家に帰る。しかしなにがこんなにも憂鬱を誘う。



家に帰るとベッドがある。ベッドのうえに、ぬぎすてたワンピースがある。そのうえに、寝そべる。


帯はなかなかほどけない。ほどけど、まだほどける。ほどけどほどけど、まだほどけない。すこし緩まるたびに、水は漏れてくる、手がうまく動かないし、目も滲んでくる。


なんとかほどききって、下着だけになったころに、結局涙の波も終わった。


どんなに文明がすすんでも、夏の敷布団の裏に手を差し込むと、冷たくて気持ちがいいのを、西欧人はしらないだろう。

冷たい感触をまさぐりながら、明日のためのめざまし時計を適当にセットする。


明日は、楽しいことがあるといいなあと、単純なことを願って眠りにおちた。