tsubakurame
職場の周りは、もう夜だというのに暖かい空気がとりまいていて、とても濃密で息苦しかった。
「Yがつばめに夢中です」
Yというのは職人気質の小学生で、職場の顧客である。濃密な黒い空気のなかでうずくまるようにしてアスファルトに座り、見つめている。
子つばめがちょうどYと同じような姿勢でうずくまっていた。
片手のひらに三匹は載せられるような小さい子つばめは、闇のなかのわずかな光を米粒の瞳に反射させている。頼りないくちばしはまだとてもやわらかそうだった。
飛んでいるつばめしか見たことが無いので、不思議に思っていると、
「まだ飛ぶのを教わっていないんですよ。」
と聞きもしないのに説明してくれた。
見ていると、子つばめはすこしだけ翼を動かした。なるほどたしかにあの綺麗な流線型のフォルムを小さいとはいえしっかりと描いている。これはつばめだ。
「いや、母から飛び方を習っていないわけではないのだが、いまひとつ要領がわからない。第一この暑さでは頭もうまく回転しないのだ。親はここで待っていろといったきりいっこうに帰ってこない。おそらく迷子にでもなっているのであろう。」
いや。迷子になってるのは確実に君だよ、と心のなかで子つばめにつっこみつつ、わたしもしゃがんでみた。
人差し指で触ると、小さな体からは想像できない強い鼓動が、アレグロのテンポで伝わってきて、怖くなった。この調子で呼吸を繰りかえしていれば、明日の朝が来る前に確実に息切れして死んでしまうだろうと思った。
死んだ子つばめを猫が食べているのを、私は見たくない。
子つばめよお前は馬鹿か。もうちょっとちゃんと母親のとこにいたらよかったじゃないか。
そう思ったら怒りの混じった涙が出てきて妙に鼻が痛くなった。そんなわたしから子つばめは顔を背けるようにして、壁のほうを向き始めた。
そこに同僚がやってきて、「そういう雛は、人間のにおいがつくと親が警戒して食べてしまうから、さわらないほうがいいんですよね。」と言った。
しまった。何回か触ってしまった。
待ちわびている母親が飛んできたとき、子つばめはこの小さな目を見開いて喜ぶだろう、次の瞬間にその母親から首をえぐられるのだろうか。
いたたまれなくなって、すぐにその場を離れた。
空気はもっと濃度を増して、のしかかってくるように感じた。